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縁は稲もの味なもの

縁故米運動!!



【縁故米宣言とは】

 日本は、国民の食料の 60 %を外国に依存しています。農業よりも工業を重視し、マネーゲームにうつつを抜かしている間に、大切な農村が荒廃しようとしています。生産者は高齢化し、圧倒的多数を占める小規模農家に後継者が見つかりません。大規模農家ですら、市場原理というモノサシの中で、輸入農産物との競争にさらされています。また、食料を外国に依存したことによって、 BSE や遺伝子組み換え作物といった、食に由来する不安材料が次々と私たちを脅かしています。

 何でもお金で解決できるというおごりと、グローバリゼーションの相乗作用で、この流れはますます加速していくでしょう。この国は、豊かな自然環境や、そこで暮らす人々の健康よりも、経済的な価値を優先する危険な道を進んでいます。政府も食糧管理制度を廃止して、農と食の責任を放棄してしまいました。日本の農業と農村、そして日本の米は、もう自分たちで守るしかありません。

 私たちは会発足以来 30 余年、生産者会員と消費者会員が農の安定と食の安全を目指して、家族的な信頼と協力を積み重ねてきました。その実践の上に、私たちの稲作と米の食卓を守ります。安心して生産を続けるためには、無責任な投機的市場にまかせるのではなく、生産農家の生産意欲を維持しうる安定価格を守らねばなりません。また、農業後継者や新規就農者を元気づける理解と協力の輪を強める必要もあります。

私たちはここに、そのための取り組みとして、「縁故米運動」を始めます。

2006 年 8 月 23 日  NPO 法人使い捨て時代を考える会


 


【縁故米運動とは】

食管制度が廃止され、外国からの米の輸入は年々増えています。一方、日本人の米の消費量は減り続け、余剰傾向の中、生産者米価も右肩下がりです。このような状況を背景に国は、「担い手安定対策」の名の下、小規模稲作農家を切り捨て、「意欲のある」、「規模の大きな」農家を支援しようとしています。しかし、農業はスケールメリット、経済合理主義によって維持できるものではありません。中山間地が多い日本の伝統的な農業、農村は家族のような小さな単位だからこそ続けて来られたのです。

高齢化する稲作農家は、先祖から受け継いだ農地を必死になって守ってきました。それが今やこの大きな流れの中に飲み込まれようとしています。今後、輸入米の関税が下がり、「安くておいしい米」が大量に入ってきたとき、誰が割に合わない米づくりを引き受けるのでしょうか。今は余っているかに見える「国産の米」が、欲しくても手に入らなくなるのは、遠い将来の話ではありません。

今から 33 年前の 1973 年にスタートした使い捨て時代を考える会は、設立の当初から日本の農業と食の問題について、分断された生産者と消費者とがお互いの利害を超えて信頼でつながっていく必要を強く考え、 1975 年にはそのことを具体化するために共同購入事業 ( 安全農産供給センター ) を立ち上げました。その後の 30 年で、有機農業や有機農産物は広く認知され、会員組織に属さずとも「安全な食品」は容易に購入することができるようになりました。にもかかわらず、日本の農業はますます危機に瀕しています。かつて私たちは、商品化される農産物に異議申し立てをしてきたのですが、今や有機農産物でさえもが「商品」となってしまい、「共同購入」は限りなく「個別配達」にシフトしつつあります。

そのような状況であるからこそもう一度、問題提起をしていくことにしたのです。

「縁故米」というのは、都会で暮らす子どもや孫、親戚のために、食べてくれる人たちの喜ぶ顔を思い浮かべながら作られ、届けられたお米のことです。そしてお米だけではなく、野菜も加工食品もすべて、いのちを育む食べものというのは本来そのようなものであるはずだという考え方に立って、私たちはこの動きを「縁故米運動」と名付けました。

 



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