会者定離という。歳なのだから仕方がないのであろうが、近頃、葬儀の知らせを受けることが多くなった。中でも年下の知人の訃報は悲しい。ガンで死ぬ人も多い。死亡原因では、圧倒的な第1位である。
医学の進歩によってガン撲滅をいわれる。早期発見と最新技術で5年生存治療率はたしかに向上しているようである。不治の病という重苦しいイメージは薄れている。しかし、ガン死は増加している。ガンになる人が増えているからにちがいない。
生活環境がガンになりやすいものになってきたからである。もの豊かな時代になって生活は大きく変化した。その変化の中にガンの危険がひそんでいる。環境問題といえば、「地球環境だ」「二酸化炭素による温暖化だ」と語られており、自分の日常から遠いことのように思い込まされる傾向が目立つが、大丈夫なのだろうか。
環境というのは元来、生き物を取り囲んで生存を許している条件のことである。生き物である私たちの生存に直結するものである。安全で安心できる条件が整っているとき、それを良い環境だというのである。逆に生存・生活が不安で危険な状況になったとき、環境は悪化したという。
もの豊かな社会を良い暮らしができるようになったと喜び、それを捨てがたく思う。しかし、ガンが増加する現実は生活環境の悪化を意味しており、私たちの思いと矛盾している。何か大きな落とし穴にはまっているのかもしれない。
食は生存の基本である。食の安全確保は環境の基礎である。その食が豊かになった。おなか一杯のごちそうを、世界各国から輸入食材で楽しむことができる。実に結構なことである。しかし、ここに大きな危険が待ち受けている。
先頃、輸入の冷凍ギョウザが話題を呼んだ。誰がどのように作ったかを知るには遠すぎる。値段は安いが、危険な化学物質が含まれていた。その原因もよくわからぬままに時が流れ、人びとの関心も薄れてしまった。
食は元来、身近なところからの食材をおふくろの味で楽しんだものである。いまや、敬称の「お」が失われてフクロの味となってしまった。プラスチックの袋に見掛けは美しいが、心は消えた。お金もうけの流れに乗って遠くから危険を運ぶ。
商品であるから、見掛けも大事だし、腐っても困る。というわけで、食品添加物として、化学物質が利用されてきた。発ガン性の故に使用禁止になったものもある。今、その結果をガン死として見るのではないだろうか。
お金で動く世の危険である。心のこもる素朴な暮らしを取り戻したいものである。
(『南御堂』より)